家族葬ネットの今日のおくやみ欄 ご冥福をお祈りします。

 2016年12月10日(土)仏滅・納めの金比羅・人権デー

安藤仁介氏死去 オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所元裁判官 胃癌のため 81歳 (家族葬)

藤城裕士さん死去 声優 特発性間質性肺炎のため 76歳 (家族葬)

高木長之助さん死去 日大柔道部総監督、全日本柔道連盟理事 急性心筋梗塞のため 68歳

家族葬とは、その魅力に迫る

 家族葬とは、家族が中心になって親族など近親者で故人を偲ぶ葬儀です。

 本来、葬儀は、死者を前にして、命の尊さを共有し、死とは何かを考えさせる儀式のはずでした。しかし現代は司会者つきのイベントになりました。

 家族葬(かぞくそう)とは、家族が中心に心温まる葬儀で故人を送る葬儀です。小さい、大きいなどの量や形式にこだわるのではなく、その内容、質の豊かさを求めるのにちょうどいいサイズが家族葬です。

 

1)「人は、二度死ぬ!」

 これよりは、心温まる家族葬にするためのヒントやスパイスをご紹介しようと思います。まずは、故人の思い出についてです。

家族葬の願いを聞くサクラの花の妖精

 「ひとは死んで、残った者に記憶を残す。・・・そして、その記憶が残るあいだは、死者はそのひとのなかで生きつづける」(上野千鶴子著『おひとりさまの老後』より)

 そして、その記憶が消えるとともに、死者はもう一度死ぬ。一度目は、肉体との別れ、もう一度は記憶との別れ。このことをあるお坊さまは、「人は二度死ぬ」と比喩(ひゆ)されました。

 家族葬で、先立つひとを偲び、いとおしみ、いつくしみ、その思い出をこころのなかに深く刻みこむことができれば、たとえ肉体は滅んだとしても、ご家族のこころの中で、愛する人は生きつづけることができることでしょう。

 家族葬は、そんな作業をするために最も相応しいサイズなのです。

家族葬の流儀 「記憶の糸をあむ」

 家族葬のなかで、忘れかけていた記憶がよみがえることがあります。

家族葬に思いを馳せる母子の姿

 親は、子供の誕生から成長まで細かく覚えているものです。しかし、子供たちは親の人生をくわしく知りません。また人の記憶は曖昧(あいまい)なものです。ご両親の思い出も、おなじ兄弟姉妹ながら年の差だけずれてくるものです。

 それぞれの思い出を手がかりに記憶の差をうめることで、知らなかったご両親の人生と愛情の深さを再確認することもあるのです。くわしくは、ブログ「家族葬の風/音の出ないピアノ」をご覧ください。

 家族葬をとおして、忘れかけていた故人にまつわる記憶の糸を編(あ)むような作業ができれば、これ以上の供養はありません。

家族葬のツボ 「聖なる祈りが、時間(とき)を止める」

 つぎは「祈り」についてです。葬儀では、故人のご冥福を祈って合掌や黙祷をささげます。その「祈り」にまつわる不思議な力をご紹介します。

家族葬を見上げる少女
スルバランの絵

 家族葬の風「ある筋ジストロフィーの生涯」に詳しく書いておりますが、ある家族葬でのことです。弔問にこられた電動車椅子の少女が、不自由な手で、ぎこちなく焼香炉にお香をくめ、そっと目を閉じ揺れる手をあわせ、祈りをささげました。そのとき式場の時間が止まってしまったのです。参列者のみなさまはその少女の清楚で可憐なしぐさに魅せられ、ピタリと動かなくなってしまいました。

 家族葬では聖なる祈りが、その場の景色を変えてしまうことがあるのです。儀礼化、形式化した葬儀ではおよばない祈りの力が参列者の心を震わせます。

家族葬の作法 「死者は聞こえている?」

 家族を失えば、さまざまな感情と思いが交差し、絡み合います。しかし、なかなか整理ができないまま時間ばかりが経ってしまいます。

 日本ではながらく、死(者)は穢(けが)れとしてみなされ、忌(い)み嫌われてきました。そのためか、死(者)との対応を計りかねているようにも思えます。

家族葬で微笑む瀬戸内寂聴さん
ウィキペディアより

 女流小説家でもある天台宗の僧侶「瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)」さまが、お姉さまを亡くされたとき、一晩中お姉さまの耳元で楽しかった思い出話をされたそうです。すると、お姉さまがにっこり微笑んだと青空説法でお話しされます。

 医学的な信憑(しんぴょう)性は定かではありませんが、死(者)との対応、対話のしかたをうまく教えてくれています。家族葬の作法として、見習いたいものですね。

 家族葬では、せめて一晩でも、時間(とき)をとめて静かに故人に語りかける、聖なる祈りをささげてはいかがでしょう。思わぬシグナルが返ってくるかもしれません。

「そもそも、人は、なぜ死ぬのか?」

家族葬のツボ「死の起源」に驚く女性

 ところで、そもそも、ひとは、なぜ死ぬのでしょう? 家族葬のたびにご遺族の悲しみに誘われて、そんな疑問をいだいてしまいます。

 そんなとき、「死は生のためにある」というビックリする本にめぐりあいました。その本によると、驚くことに‥‥

 

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家族葬の魅力とは ①     

2)家族葬のメリット・デメリット

 家族葬のメリット・デメリットをご理解されたうえで、家族葬をおこなうことをおすすめします。

家族葬で悩む男女3人

 葬儀には、三つの別れが含まれるといわれます。

 一つは、故人と家族とのわかれ。もう一つは、故人と社会的な関係者との別れ。そしてもう一つは、習俗や宗教上のこの世との別れです。

 普通のお葬式では、優先順位は、社会的な別れや宗教上の別れが優先され、家族や親族との別れは、後回しになりがちです。

 家族葬は、故人と家族との別れを優先させる葬儀です。そこに家族葬の特徴があり、同時にデメリットも潜んでいます。

 家族葬は、イエ・ムラ共同体の束縛から逃れた都会型の葬儀として出発しました。共同体の礎となっていた「絆」は徐々に薄れてきます。「家族葬」には、危うさも秘められています。気をつけないと大切な何かを失いつづけることにもなりかねません。

 そこで、家族葬のメリット・デメリットを探りながら、失敗しない家族葬の処方箋をご提案します。

家族葬のメリット <その1> アットホームな葬儀

アットホームな家族葬

 家族葬を遺言などで希望されるひとは「本当に自分のことを思っている家族と近しい人で送ってほしい」という願いが強いようです。

 あまりお付き合いのない弔問客にかこまれた形式的な葬儀を敬遠されているのでしょう。また、ご家族が、そんな形式的な葬儀に振り回されないように気遣っていらっしゃるのかもしれません。本当に心から偲んでくれる人に最期を看取ってほしいのだと思います。

 しめやかに故人様を偲び、ご遺族の悲しみによりそう心のこもったアットホームな葬儀が、家族葬のメリットです。

家族葬のデメリット 「希薄になる社会との別れ」

 家族葬は、一般会葬者はもとより、友人、知人への連絡も欠くケースが増えてきます。社会的な別れが希薄になることが、「家族葬」の欠点です。

 社会生活では、人間関係は財産の一つです。人間関係は一日で成らず、されど一日で崩れるときもあるのです・・・・

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3)いろいろな家族葬

 ここでは、これまで施行してきた、いくつかの家族葬のカタチをご紹介いたします。家族葬の真髄は、いろいろな思いをカタチにできることです。これまで家族葬ネットが施工してきた家族葬です。ご参考になれば幸いです。

無宗教装で偲ぶ家族葬

無宗教で花の葬儀「家族葬」

無宗教の家族葬でゆっくりと故人を偲ばれる方におすすめです。詳細はこちら▶

通夜をしない一日葬

花の葬儀を一日葬で家族葬

通夜をしないで、告別式だけを花の葬儀で行う一日葬の家族葬です。

「おくり名」の家族葬

花の葬儀「おくり名」の家族葬

戒名ではなく、故人を讃えて贈る「おくり名」の家族葬です。詳細はこちら▶

家族葬のあとにホテル葬

花の葬儀「家族葬」のあとにホテル葬

家族葬や直葬のあとに、偲ぶ会などで社会的な別れをするホテル葬です。

ワインで家族葬

ワイン葬

家族葬には、ワインが似合います。ワイン葬で故人の思い出を語りましょう。詳しくは、こちらから▶

故人を囲む車座の家族葬

花の葬儀「サラウンド家族葬」

お坊さんも含めて皆さんで故人を囲む車座の家族葬です。詳細はこちら▶

思い出の曲で偲ぶ音楽葬

花の葬儀「家族葬」で音楽葬

故人の思い出の曲を生演奏や歌で奏でながら進める花の家族葬です。

僧侶をよばない仏式家族葬

花の葬儀「家族葬」で般若心経

僧侶を呼ばず、皆さんの般若心経で送る無宗派の仏式葬儀です。詳細はこちら▶

家族葬のあとに海洋散骨

花の葬儀「家族葬」のあとに海洋葬

家族葬や直葬のあとに最後の別れを大海原でおこなう海洋散骨「海洋葬」です。


4)家族葬と「お葬式」のちがいとは?

 家族葬といわゆる伝統的な「お葬式」と何がちがうのでしょう。「小さなお葬式」という商品名も見かけますが、サイズの違いなのでしょうか?

 実は、この違いは、180度もちがうのです。

「お葬式」とは、ムラの宗教儀式です。

お葬式の後、墓前に手を合わせる

 伝統的な「お葬式」は、江戸時代よりつづく村落共同体で培われてきたムラの宗教儀式です。

 ムラは、共同体の運営をスムーズに行えるように時間をかけて、暗黙のしきたりや掟(おきて)を定着させてきました。

 なかでもお葬式は、ムラのしきたりを象徴するイベントでした。「村八分」という言葉があります。ムラの掟に従わない異端児を家族もろともムラの相互扶助システムから排除する「みせしめ」の制度です。しかし、残り「二分」は、異端児といえども相互扶助の輪に組み込み、助け合ったと云われています。

 その残り二分とは、火事の消火とお葬式でした。では、なぜこの二分を残したのでしょう?・・・・

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5)無宗教の家族葬とは

無宗教葬で黙とう

 家族葬ネットが、無宗教で家族葬をおこなうとき、開式のはじめにみなさま全員で1分間の黙祷(もくとう)を故人に捧(ささ)げてもらいます。そして、この1分間の黙祷の間に故人の生前の思い出をイメージしてもらいます。

 おそらく、みなさまの脳裏(のうり)には、故人との過去の思い出のシーンが走馬灯(そうまとう)のようにかけめぐり、現在の時間のことなど忘れてしまうのでしょう。これでようやく、参列者みなさまのこころが一つになって家族葬の幕を開けることができます。

無宗教葬は豊かな家族葬です。

無宗教葬に命を吹き込む妖精

 無宗教で家族葬や葬儀をするのは、お坊さんなど宗教家をおよびしない葬儀だと思っているひとが多いようです。たしかに形式はそうですが、それだけでは、もったいない。無宗教の家族葬には、もっと価値や意義のあるお葬式です。

 無宗教葬は、特定の宗教の死生観や他界観にこだわらず、ご家族が中心にそれぞれの想いをもって、故人を偲ぶ葬儀のことです。

 そして、故人の生きた証を残されたご家族が心にきざみ、いまとなってはもう会うことは叶いませんが、逢いたいと思ったときに心の中で微笑みかけてくれる”愛”を編む作業が、家族葬ネットの無宗教葬です・・・・

 

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6)葬儀は誰のものか?

葬儀は誰のものか?

 実際にあった家族葬の話です。亡くなられた奥様は、無宗教の家族葬を遺言されていました。ご主人もお子さまたちも承諾されていました。

 ところが、ふたを開ければ、お父さまのご意向を酌(く)んで奥さまのお葬式は、家族葬の遺志は守られたものの、仏式のお葬式に変更されました。

 このようなケース、つまり故人の意向に反して、ご遺族やご親族の考えで、無宗教の葬儀が、仏式のお葬式に変わることはときどきあります。

 これは、故人の意向を尊重するご遺族だったのか、無視するご遺族だったのかの違いでしょうか。

「お葬式」の切り札 「成仏」

 無宗教の家族葬を遺言された娘さんの遺志が棚に上げられた理由は、お父さまから投げかけられた最後の切り札、「せめてお経でもあげないと、成仏できないよ」という言葉でした。

 ご主人は「なぜ、お経をあげないと成仏しないのか」「そもそも成仏ってなに?」などと疑問をもちながらも、娘に先立たれたご両親の懇願もその切ない気持ちを受けとめれば無下に断るわけにもいかない。

 葛藤の末にご主人は、奥さまの願いに目をつぶり・・・・・

 

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7)成仏って、なに?

家族葬で悩む、成仏とは?

成仏とは何か?新・仏教辞典(誠信書房)によれば、成仏とは・・・

「覚(さと)りをひらいて、仏陀(Buddha・覚者)に成ることをいう。死者を成仏したというのは、浄土真宗で死後阿弥陀仏の浄土に生まれると同時に成仏すると説くのに由来する。」

 ということだそうです。逆に「成仏しない」とは「仏陀になれない」ことになります。そもそも仏陀になろうと修行を積んでいる一般人は少ないと思うのですが。

 そこで「恐れ多くも、わたしは仏陀になるような人間ではございません。さとりを開くなど無理です。修行も無理です。成仏など願いませんので」と仏式葬儀を断っても、そう簡単に問屋がおろしてくれません。

大丈夫!修行しなくても成仏できる?

 成仏をとく親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、日本で信者の数が一番多いといわれる「浄土真宗」の開祖です。

 若いころ親鸞は、苦しくて辛いこの世で庶民が修行を積み、覚りをひらくのはむずかしい。しかし、そのような哀れな庶民を救うのが、仏ではないのかと自問自答します。すると仏は、そのために浄土門があるとすすめます・・・・

 

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8)葬式仏教の由来

修行中の仏陀

 修行僧に葬儀について聞かれたブッダは、「そんなことを考える暇があるなら、修行しろ」と応え、「葬儀にはかかわるな」ともいわれたそうです。

 このため、葬儀に奔走する日本仏教のことを「葬式仏教」と揶揄されるのです。この「葬式仏教」はいつから、日本ではじまったのでしょう。

葬式仏教は、江戸時代から始まった!

葬式仏教は江戸時代から始まった

 「葬式仏教」は、江戸時代に徳川幕府が宗教統制の一環として、キリスト教などを排除する「寺請制度」を発令したことに端を発します。

 寺請制度(てらうけせいど)は、お寺が村の人々に仏教の信者であることを証明する証文を発行し、それを庶民が請ける制度です。この証文を請けられなければ、キリスト教などの「邪宗門」の嫌疑がかけられ、厳しい拷問がまっています。

 この証文を請けるためには、庶民は村のお寺を「菩提寺(ぼだいじ)」と定め、その檀家となることを義務づけられました。檀家制度(だんかせいど)のはじまりです。

 檀家となった庶民のお葬式や供養・法事は、自動的にその菩提寺が独占的にとりおこなうようになります。

 ところが、それまでお坊さんは庶民のお葬式をあまり経験したことがありませんでした。そこで死者を「にわか出家者」と見なす、葬儀のシステムを・・・・

 

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平穏死への道

 家族葬や葬儀の話のまえにそれ以上に大切な人生の終末期ついて、参考になる記事や書籍の紹介をしています。ほぼ毎日更新の予定!

記事:余命に関する誤解(上)

■ 自分がこの先どれだけ生きられるのかは、誰にも決められない。医師でもわからないし、医師に決められるものでもない。

 がんは、急に悪化することがあるかもしれないが、長く共存できるかもしれない。

 がんに対しては、適切な緩和ケアを受けることで、つらい症状は抑えることができる。終末期が近くなっても、適切な緩和ケアを受ければ、最期まで元気でいられるし、苦しむことはない。

 いずれ、がんの症状が悪化してくることがあるかもしれないが、それまでは、あせらず、あわてず、あきらめず、自分らしく、自分ができることをやっていける。

 最善を期待し、最悪に備えることが大切

 (本文より抜粋)

                  ※平穏死の道のアーカイブはこちら>>  

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きょうの「ブレイクタイム」

平成28年12月10日(土)

 「世界テロリズム指数」。

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世界テロリズム指数

<家族葬ネットの思い>

家族葬ネットの愛甲代表のインタビュー動画です。家族葬の表裏をわかりやすく解説しています。

<家族葬ネットの新着情報>

◉2016年4月8日 「死と終末期の延命治療」のページに「参考資料」欄を設け、「寝たきり老人がいない欧米、日本とどこが違うのか」の記事を追加。

◉2016年1月29日 「家族葬ネットのヘッドライン」を追加。

2015年10月27日 「おくやみと合掌」と「社長のぼやき」を更新。

◉2015年3月7日 全体のデザインをリニューアルしました。

◉別冊宝島「新しい葬儀の本」に家族葬ネットが紹介されました。2015年2月13日発行。

◉家族葬に似合う「ワイン葬」をアップしました。4月1日

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