家族葬の風「ある哲学者の死」

◆ 真夜中に、丁寧な電話があった。
        Q:    そちらで葬儀を担当してもらえますでしょうか。
    条件は明日の通夜、明後日の告別式。明後日は喪主さんが海外へ渡航しなけらばならないようだ。

◆ ご自宅の近辺から順番に斎場の空きを調べたが、どの斎場も今日の今日では空いていない。しかも真夜中だ。電話の通じない斎場もある。それでも調べる範囲を広げて、ようやく一つの斎場を確保する。すでに夜中の12時をまわっており、日付は変わり、今日の通夜、明日の告別式になった。

        A: ご自宅からは、少し離れますが、だいじょうぶでしょうか。
        Q:    ありがとうございます。助かります。
    安堵の声がもれた。

◆ 早朝に打ち合わせを済まし、通夜の準備にとりかかることになった。葬儀は無宗教で行うので、故人のプロフィールを伺うと、2冊の本が渡された。難しい題名の哲学書だった。

◆ 故人が出筆された哲学書だ。なんとか前書きは読んだが、本文の数ページで理解不能になった。最後のページに移り、本人のプロフィールを読む。一生を学問に捧げてこられたのがわかる。

◆ 通夜・告別式/
    10名前後のご遺族、ご親戚だけで弔う、無宗教の家族葬だった。故人は、本当の身内だけの葬儀を望まれていたようだ。静かに看取られて天国に往くことを望んでいたのだろう。
    進行も、最初の黙祷まではこちらが進行したが、あとは喪主さんが式を仕切られた。喪主さんは、故人の甥にあたられる方だった。故人への熱い思いがあったようだ。「近しい人だけで、感謝の心を込めて送ってあげたい」と静かに語られた。彼もまた学問の探究者だった。

◆ 挨拶/
    故人の姉妹の方から、挨拶があった。
    「急なお願いにもかかわらず、こんなに素敵な花の祭壇をこしらえていただき、ありがとうございます。故人は絵心もあり、またきれいな花を好いていました。穏やかで落ち着いていながら、色彩豊かな祭壇は故人の好みにぴったりです。良いめぐり合わせに感謝しております。」
 挨拶は続く、
    「故人は幼くして身体に障害を患いました。戦前の時代ではとても考えられなかったのですが、多くの方のお力で学問の門戸を開き、人一倍勉学に励み、女子では異例でしたが旧制高校に入り、哲学をめざして大学、大学院に進み、大学教授にまでなりました。・・・一生を哲学にささげ、その人生を全うしました。
 葬儀にはふさわしくないかも知れませんが、どうか、故人に拍手を贈ってやってください。本当に苦労を背負って、この一生を愚痴も言わずに自分の使命を遂げるために一生懸命に生きてきました。今日は、涙ではなく、拍手をもって彼女の人生を讃えて欲しいんです。」

 他のご遺族からも、故人の思い出話が続いた。哲学に一生を捧げられた故人ではあったが、ご遺族にとっては優しい伯母であり、時には厳しい伯母でもあり、また、幼い子供たちには、かわいいお婆ちゃんでもあった。そして何よりも、人生のあるいは学問の羅針盤であった。

◆ おそらく故人は、家族の誇りであり、親族の誉れだったのだろう。しかし、同時にこの家族や親族の助けなくして、故人の人生も完成しなかったように思われた。
 そして、この固い絆は、何ものかに人生を捧げることなくして、あり得なかったのではないかとも思われた。
 空也上人の作といわれる「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」という言葉を思い出す。

◆ 出棺/
    だれもが柩にしがみつき「ありがとう。本当に頑張ったね」「もう、苦痛に耐えることはないよ。安らかに眠ってください」と何度も故人の顔をさすっていた。
 最後に口々から賛美歌が流れ、柩は静かに担がれた。斎場のドアが開かれた。晩春の穏やかな風が柩の上の送り花を揺らす。祭壇に飾られた哲学書のページがぱらぱらとめくられる。まるで故人を讃える拍手のように。さらば哲学者。


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