◆ 事前に相談があった。喪主になられる方は、地域で生け花を教えていらっしゃった。
Q: 高齢の母のことです。数年まえに父の葬儀を地元の葬儀社であげましたが、不満が残りました。準備から終わりまで、私どもの意向は反映されず、葬儀社の段取りで進められました。きれいな花で送ってあげたかったが、それも叶いませんでした。
今回は、近しい人だけで母の好きなお花で送ってあげたい。また、花の祭壇も自分でアレンジしたいのですが。
A: 分かりました。ご意向はなるべく反映させたいと思いますが、葬儀の当日は短い時間で祭壇や受付などの準備をしなければならないので、ある程度はこちらの段取りにおまかせいただくことになります。今の段階で要望や希望を伺って、意向に添うように準備しましょう。
Q: お願いします。まず、菊の花は辛気くさくていや。洋花でも赤やオレンジのけばけばしいガーベラなどは好みません。
A: 幸いに私たちは菊の花はあまり使いません。淡い色調の花を使いましょう。
Q: その祭壇に手を加えてもいいでしょうか。
A: ある程度準備が整えば大丈夫ですよ。
Q: 自分達で活けてきた花を祭壇に飾ってもいいですか?
A: 大丈夫です。
Q: もし母が亡くなってもすぐに葬儀をせずに1~2日は自宅でいっしょに過ごしたいんです。葬儀の日をそのように設定して欲しいのですが。
A: 分かりました。そちらの方が、落ち着けますね。毎日ドライアイスを替えにうかがいますからご安心ください。
◆ 相談の数日後にお母様が亡くなられた。病院からご自宅へお母様をお運びする。翌日、葬儀の打ち合わせをする。
2日間ご自宅でお母様といっしょに過ごされることになった。
祭壇の花の色合いは、白色と薄いピンクと淡いブルーを、という注文をうけた。少々寂しい感じがするので、色合いは、現場で調整すると答える。
また、斎場のエントランスが広いので、そこに少し大ぶりの花飾りがあると落ち着けるポイントになると提案する。
◆ 葬儀の当日、ご自宅から出棺される前にラストメイクでお母様をきれいにしてさしあげた。高齢にもかかわらず、きれいな肌をされていた。
喪主様はお母様の一人娘で大切に育てられたようだ。喪主様は、お母様の戦中戦後の苦労を子供ながら見て、母のありがたみを深く感じておられた。そのお母様が病床で苦しみながら息をひきとられたことに心を痛めておられた。
◆ 斎場では、葬儀の準備がおおかた済んだころに喪主様と生け花のご友人が到着された。花の祭壇を見て「思った以上にすてきな祭壇よ」と笑顔で喪主様がいった。「手を加える必要はないようね」とご友人がいった。用意されてこられた花材でエントランスを飾り、祭壇の両側にアクセントの花飾りをこしらえた。
◆ 通夜式もおわり、お清めの食事も一段落したころ、喪主様が、
Q: お客さんがね、式場にはいって祭壇を見たら、なんだか温かい優しい風が吹いてきたように感じたって言うのよ。それも一人じゃなくて、何人もそう言うのよ。そして、料理がおいしかったって評判なのよ。本当にありがとう。
と言って握手をしてこられた。
◆ 翌日、告別式の最後になって、お別れのきれいな花に彩られた棺のお母様に喪主様が話しかけられていた。「おかあさん、よかったね。みんな来てくれたよ。すごくきれいだよ。苦労かけっぱなしだったけど、お母さん、ありがとう。本当に本当に大好きだったよ。お母さんのことは忘れないよ。愛しているよ、ありがとう」と。気丈にふるまっていた喪主様だったが、涙をこらえきれずに、お母様の頬をさすりながら、柩にもたれかかったまま、しばし動けなくなった。
◆ 荼毘に付し、この間に会葬者にはお食事がふるまわれた。親戚のご夫人につかまる。「東京の料理屋さんだって。私ね、何年もこのあたりの葬儀に出席しているけど、こんなにおいしい料理をいただいたことないわよ。昨日もおいしかったけど、今日もおいしいわね。味付けがいいわよ」とほめられる。
◆ 収骨もおわり、すべての式次第が終わった。喪主様が言った。
Q: 今日の朝、斎場の掃除のおばちゃんがね、長年ここに務めているけど、温かい風が吹いてくるように感じた祭壇ははじめて見ましたと言っていたわよ。同じようなこと言うなんて、なんだか不思議ね。
A: 手作りの祭壇だからですよ。皆さんの人柄が出たんじゃないですか。よかったですね。
外はもう、春の暮れだった。