家族葬の風「通夜は自宅、葬儀は斎場」

◆ ご長男から依頼があった。
Q:    通夜は、家族だけで。葬儀は、親族だけでしたいのですが、どうすればいいでしょう。

◆    以前、弟さんを突然亡くされて、地元の葬儀社に頼んだそうだが、葬儀社の意のままに葬儀が行われ、葬儀社が紹介してくれた僧侶とはお布施のことで意見が合わず、不信感をもたれたそうだ。今回は、闘病生活も長かったのでインターネットで色々調べて、弊社に決めたそうだ。

◆戒名/ 不信感の種は戒名のことだった。その葬儀以来、ご長男も勉強をされて、弟さんにつけてもらった戒名が、家の宗派と違うのではないかと疑問を持たれていたようだ。
 家の宗派は禅宗系だが、葬儀社に紹介されてもらったお坊さんが付けた戒名は浄土系ではないかという疑問だ。確かに道号のところに浄土宗の特徴である誉号が入っている。禅宗系では見受けられない。しかし、そのことだけで浄土宗の戒名とは断定はできない。一般的にはそうだとしか答えようがない。特殊は常に存在する。
 そして喪主さんが一番不満に思ったのは、戒名料だったようだ。理由があれば、ちゃんとお支払いするという。しかし、何の説明もなく請求されるだけだったようだ。

◆ そんな疑問もあり、故人の遺志もあって、今回は無宗教の葬儀を要望された。そして、前回の反省にたって葬儀は親族だけで、通夜は家族だけでしめやかに送りたいという。

◆ ならば、通夜はご自宅で、葬儀・告別式は斎場ではどうでしょうと提案した。

◆ 斎場で葬儀をするのは、会葬者の人数の問題でしかない。家族だけなら、斎場でする必要はない。ご自宅でゆっくりと最後の時を故人と過ごされた方がいい。それが一番故人にとって、家族にとってふさわしい。

◆通夜/ 通夜の当日は、ご家族で旅支度をしていただき、納棺式を1時間かけておこなった。お母様もお孫さんも全員でお父様の身体を清め、足袋をはかせ、脚絆をまき、手っ甲をつけた。一人一人が感謝と別れの言葉をたむけた。最後にお母様がいった「おとうさん、ありがとう。よかったね」と。
 
◆告別式/ 翌日の葬儀では、最初に喪主のご長男から、お礼と父親のことが語られた。思い出がいっぱい詰まっていたのだろう。約20分くらい語られた。次にお父様のご兄弟から、弔辞として思い出の話が語られた。そして、全員で般若心経を読経した。
 焼香の代わりにお父様が好きだった西部劇の音楽を聴きながら、献花をした。

◆ 西部劇の音楽?葬儀に相応しいかどうか。しかし、お父様は晩年、西部劇を何度も鑑賞されていたそうだ。だから、その音楽を流したいという。だが、西部劇では勇ましいか軽快な曲しか思いだせない。早々にCDショップに駆け込み、CDを買い込む。夜な夜な事務所でバーボンを飲みながら選曲した。

 西部劇は、アメリカ開拓史の人生物語。そこには喜怒哀楽があり、一級の娯楽作品だ。当然哀愁ただよう曲もあった。

 お母様がいった「この曲、お父さん良く聞いていたわ。良い曲ね、本当にありがとう」。あっという間に1時間30分が過ぎた。告別式は20数名だったが、ゆっくりとしかし、中味の濃い葬儀だった。

◆戒名/ その後もご長男から質問があった。

        Q:    戒名は必要でしょうか?弟の時にはつけたのに、父のときにはないのは、長男として気になります。

        A: まず、お墓が民間の霊園でしたら、必要ないですが、菩提寺やお寺さんが直接運営されている場合は、その 宗旨に沿って納骨のときに戒名が必要になる場合が多いですね。
 あとは信仰の問題です。ただし、仏教関係者の中でも戒名は必要ないとはっきり宣言されている方たちもい ます。その方たちの理論は明快です。つまり、戒名は生前に授かるものであり、”死後戒名”は本来の戒名とは質がちがう。仏教国の中で、死後戒名をつけるのは日本だけなので、習慣であり、仏教の本質とは違うとの判断です。
  戒名があるから免罪符のように成仏できるというものでもないでしょう。戒名をつけてあげるのは供養になるというのも戒名の本質からずれています。また、仏教は自業自得が原則です。善因楽果、悪因苦果です。他業自得はありえません。

 あまり気にされませんように、と伝える。

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