家族葬の風「バスの葬儀屋さん?」

◆ Q:    バスの葬儀屋さんですよね。
        A:    えっ、バスの?。
        Q:    以前お世話になりましたKです。弟の嫁が亡くなりまして、またお世話になります。

◆ やっと思い出した。もう二年前になるだろうか、Kさんのご主人の葬儀をご自宅でした。葬儀式を終えて出棺になり、火葬場まで同行される親戚の皆さんはマイクロバスに乗車した。霊柩車、和尚さんの車、マイクロバスの順で出発した。ご自宅から大通りに出て、赤信号で停車した。その時、ドスン!!という衝撃音がマイクロバスの後方で響いた。
 信号待ちしていたマイクロバスに居眠り運転の車が衝突したのだ。スタッフがマイクロバスに同上していたので、すぐに警察に連絡し、パトカーと救急車が飛んできた。具合の悪い人を救急車に乗せ、他の人たちは、別便の車に乗せ、霊柩車とともに火葬場へ急行した。
 病院へは、別のスタッフがかけつけた。症状とお名前、連絡先を確認した。現場では、警察官とマイクロバスのスタッフと加害者で現場検証が始まった。加害者は某企業の営業マンで営業用の車で衝突したのだ。その営業マンは青ざめていた。
 この加害者は、もう一度青ざめることになる。葬儀をしたご主人は、元警察官で、マイクロバスに同乗していた親戚の大半も警察官や警察官の妻たちだった。

◆ この事件は、この後も加害者の保険会社と何度もやり取りがあり、落ち着くのに数ヶ月かかった。喪主のKさんにとっては、いい迷惑で、「自分たちの葬儀に参加してもらったばかりに、交通事故に遭わせてしまった」とまるで加害者かのように申し訳なく思い、気落ちしている。

◆ こちらも喪主さんに辛い思いをさせてしまったことに責任を感じてしまった。しかも、加害者側の対応の悪さに驚いてしまった。その日のうちに、喪主さんのところにはお詫びに行くのが常識だと思ったが、一段落済んで私たちの社長が、その日の夜に喪主さんのお宅へお詫びに伺ったが、加害者も加害者の責任者も保険会社も来ていなかったという。

◆ このマイクロバス事件は、後日談がたくさんあるが、とにかく振り回されてしまった。私たちも振り回されたけど、喪主さんが一番迷惑だったろう。あの葬儀屋に頼まなかったら、こんなことも無かったろうと思われたかも知れない。こちらも辛い思い出になった。

◆ ところが、その喪主さんのKさんからの電話だった。「以前お世話になりましたKです。弟の嫁が亡くなりまして、またお世話になります」と。
 弟さんのご自宅へ駆けつけるとKさんもいらっしゃった。前回の件を再度謝る。

        A:    その節は、ご迷惑をお掛けしました。辛い思いをさせてしまって、申し訳有りませんでした。

        Q:    何をおっしゃいます。あなた達には何にも責任はないんですから、かえってお見舞いの品をいただいたり恐縮しておりました。

◆ 弟さんのお嫁さんが亡くなったとき、葬儀屋をどこにしようと相談されたそうです。そのとき、親戚の人が「あのバスの葬儀屋さんがいいよ」といわれて、私たちのことを「バスの葬儀屋さん」と呼ぶようになったそうだ。
 
◆ お嫁さんの葬儀は、慣れ親しんだご自宅から送り出したいというのが弟さんの願いだ。ただ、亡くなられたのが年末で、和尚さんの都合がつかない。年明け三が日をすぎてからの葬儀になるが、日にちが開きすぎる。そこで年内に火葬をして、年明けに正式に告別式をすることになった。

◆ 年末31日に約一時間かけて納棺式をご家族、ご親戚の方たちとおこなった。全員に旅支度をしてもらった。旅支度のあと、全員で「般若心経」を唱え、焼香をしていただいた。お嫁さんのご両親は、気落ちしていた。とくに親父さんは「俺なんか、あの戦争でも戦地で生死を彷徨ったが、生き残ってしまった。仲間はみんな死んでしまった。俺が生きていてもしかたないのに、娘の代わりもできん。可哀想な子や」と不憫を嘆いていた。

◆ 年明けにご遺骨を供え、葬儀をおこなった。一日中、冷たい雨が降り注いだ。一般会葬者の皆さんも大勢かけつけた。

◆ Kさんがいった「ほんとうにそちらへ頼んで良かったわ」。娘さんのおじいちゃんがいった「俺の時も頼むな」と。和尚さんじゃないが、この世は誠にご縁です。


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