◆ 元旦早々から仕事に追われた。年末に亡くなられたお客様は、正月の3日までは火葬場がお休みなので待たなければならない。その間は、毎日ドライアイスを取り替えることになる。
◆ 亡くなられたのは、若いカメラマンだった。腕の良さを買われて仕事は順調だった。都心の住宅街に友人の設計士に依頼したご自宅が建ったばかりだった。奥さんと元気のいい子供たちが、彼の宝物だった。彼の才能を誰もが認め、彼の人生は希望に満ちあふれていた。
しかし、彼の才能も希望も人生も全てを癌が奪ってしまった。
◆ 祭壇は、グループ展に出品した彼の作品が中央に大きく飾られた。高さ1.5メートル、横幅3メートルぐらいの作品だった。回りにも彼の作品が飾られた。写真の下には、愛用のカメラと趣味のバンドで使っていたシンバルが置かれた。
◆ 葬儀は、無宗教で行われた。
恩師や仲間の弔辞が続いた。彼の好きだったブルースの曲が流れる中、次々と献花の会葬者が訪れた。
◆ 通夜が終了し、軽くアルコールが入ったところで、バンド仲間が演奏してくれた。ブルースの旋律が静かに流れる。哀悼の歌詞が魂を慰める。奥さんや年老いたご両親も静かに耳を傾ける。葬儀にはブルースがよく合う。
◆ 祭壇の中央の写真には、電車が止まっている外国のプラットホームが大きく写っている。そのプラットホームの駅名を記す看板に「New Haven」と描かれてあった。New Havenはボストンとニューヨークのちょうど真中あたりにある、古い大学街だ。また港町でもある。havenは「安息の地」「避難所」または「港」という意味の単語だが、一文字入れば、heavenで「天国」になる。
◆ この大きな写真が選ばれたのは、意識的なのか、それとも偶然なのか。
写真は仲間が前日に引き伸ばしてくれたものだが、奥さんの話によると「何も考えもしないで、一枚そこにあったデータを渡した」そうだ。こんな質問をしたのも、わたしが英語に疎いせいで「New Haven」を「New Heaven」と勘違いし、「新しい天国」と思い込んで、それにしては、あまりにも出来すぎていると思ったからだ。それにしても、偶然とはいえ「New
Haven」の写真は出来すぎている。
◆ しかし、わたしの勘違いは、さほど外れてはいなかった。告別式の弔辞に立ったご友人から一つの思い出話がされた。
「偶然にもこの写真には、思い出深い話があります。彼がこの作品を展示したとき「新しい天国かよ」とからかったら、「そうなるかも」と彼は笑いながらいったのです。今から思えば、すでにその時、自分の死期を感じていたのかも知れません」と。
◆ 奥さんに偶然にも選ばれた一枚の写真は、彼の祭壇となった。その写真に写っているプラットホームには「New Haven」と描かれ、かつて彼はそれを「新しい天国」とちゃかされても妙に納得していた。不思議な縁で飾られた一枚の写真に彼の意志(魂)を感じていた。
◆ ご友人は弔辞を続けられた
「いま彼は、このプラットホームに着いた電車から降りて、この港町から船に乗って旅を続けようとしてるのだろうか。あるいは、着いた電車に乗って、次の町へ行こうとしているでしょうか」。
◆ 出棺のとき奥さんがいった
「肉体は無くなっても、魂は私たちの側にいることを心から感じています」。
この言葉に衝撃を受けた。無宗教の葬儀でありながら、宗教的な葬儀以上に霊性の高い葬儀となった。