家族葬の風「さよならの代わりに」

◆ 電話があった。
         K: Kです。 主人が危篤です。その時はよろしくお願いします。

◆ Kさん。記憶にある名前だ。2年前に予約された方だ。その時は、息子さんが事務所に尋ねてこられた。ちょうど2年前の11月だ。ほとんど忘れていた。きっと倉庫みたいな事務所に驚いて、予約はしたが他の葬儀社にいったのだろうと思い込んでいた。商売柄、しつこく電話をするのは失礼かと思い、ご縁が無かったとあきらめていた。

◆ そのときは、お父さまがもう危ない。事前に葬儀の予約なんて不謹慎だとは思ったが、準備だけはと思って来ましたといっていた。あれから2年。葬儀の予約は不謹慎ではないですよ。残される者の責務ですから。逆に予約されたお客様は長生きされることも多いんですよといった覚えがある。その通りになったんだ。
 
◆ それから2週間後にまた電話があった。

        K:    いま、父親が亡くなりました。先生は間もなくくると思います。よろしくお願いします。
 
◆ 老人病院に向かった。部屋から、ロビーを横切ってご遺体を運ぶ。ロビーにお父さまの仲間が泣きながら、お見送りをする。一瞬胸が詰まる。

◆ 葬儀は、奥さまと息子さんの二人だけ。無宗教の葬儀だ。葬儀といっても二人だけだから、儀式と呼ぶほど堅苦しいものではない。無くなったお父さんも高齢だから、大往生だ。お疲れさまといった気持ちが強いようだ。

◆ 若い頃スポーツマンだったことを偲ばせるご遺影。祭壇の横に一枚の走り書きが飾られた。脳梗塞で最初に倒れたとき、おしゃべり好きだったご主人から発声の能力を奪った。それ以来、奥さまとご主人との間の会話は一冊のスケッチブックで交わされた。

◆ その最後の会話にご主人が奥さまに宛て走り書きした「さよならの代わりに100万回のお礼を」と。

◆ 今思えばこの2年間、身体と言葉の自由を奪われ、奥さまとの二人三脚の闘病生活が続いたのだろう。やせ細った身体は、その闘いを物語っている。その間のコミュニケーションがスケッチブック。そのスケッチブックの言葉にいらだったり、怒ったり、笑ったりしたのだろう。
 いま、しみじみと奥さまがスケッチブックを見つめる。そして涙する。

◆ 最後の別れの時、棺のご主人に奥さまがいった「おとうさん、ありがとう」

◆ 収骨後、ご自宅に後飾りを設置し、花を飾った。挨拶を交わし別れをつげる。奥さまと息子さんが、玄関まで見送ってくれた。二人は、私たちの姿が消えるまで、ずっと立ちすくみ、最後に深々と頭を下げられた。

きょうの「ブレイクタイム」

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