◆ それは、昨年の12月だった。ご主人から電話があった。
B: 妻の状態が良くないので事前に相談しておきたい。自宅に来て欲しい。
閑静な住宅街にご自宅はあった。
◆ ご主人と娘さん2人が迎えてくれた。しかし、テーブルの真ん中の席が空いている。ご主人が居間の隣の部屋に行かれた。そして、その部屋から、奥さまがご主人に寄り添われながらあらわれた。
まさか、ご本人がそこにいらっしゃるとは、予想していなかった。生前予約、イヤ直前予約じゃないか。こんなの初めてだ。
◆ 苦しそうだった。痩せられていた。女優のいしだあゆみに似ていた。
B: 昨日まで病院で療養していたんですが、今日だけ自宅に戻ってきたんです。
奥さまがゆっくりと話し始めた。
奥さま: わたしは、お医者から余命幾ばくもないと宣告されています。体中に癌が転移して、後何日も持たないと思います。いま、意識のあるうちに私の葬儀について要望を聞いて欲しいと思いお呼びしました。
A: わかりました。ちょっと驚きましたが、ビジネスライクにお伺いします。思っていることを全部いってください。
◆ 奥さま: 近所の方にはあまり知らせたくありません。家族と親族と極近しい友人だけで私を送って欲しいと思っています。式は無宗教でお願いします。遺骨は樹木葬として埋葬してください・・・・。
気丈な方だと思った。自分の死を前にして、人間はこうまで冷静でいられるのだろうか。何時間でも話していたかったが、話の途中で3回ほど気を失われることがあったので話は早々に済ませた。それでも一時間はかかっただろうか。
A: 話忘れたことはありませんか。時間はまだありますから、何かありましたら又ご連絡ください。ただ、葬儀は残されたご家族のみなさんが行うものです。今日は奥様のお気持ちをご家族のみなさんも充分に承知されたと思います。あとは、ご家族のみなさんにお任せして安心して療養してください。
◆ 新年が明けて、ご主人から電話が入った。
B: 妻がいま亡くなりました。
病院から式場の安置室にご遺体を移した。安らかな顔立ちをされていた。
◆ 祭壇は、花一杯に飾った。柩のまわりも色とりどりのお花で飾った。
◆ 最後の遺言があった。通夜の料理に温かいスープを出して欲しいと云われたそうだ。これは、わたしたちスタッフも前々から議論していたことだ。通夜の料理は、冷えたにぎり寿司と冷めた煮物に天ぷらが定番だ。それに冷えたビールでは、夏場はまだしも、冬場には心も冷えてしまう。奥様の思いやり、心遣いが伝わってきた。
今回の通夜料理は、ワインパーティにして欲しいとの要望があったのでオードブルとフランスパンとワインを中心にした。娘さんと話して、好き嫌いのないコンソメスープをお出しするようにした。仕出し屋の料理屋に問い合わせた。しかし、通夜料理にスープは経験がない、スープを作るには時間がかかる、何十人分のスープを出すようだと鍋がこぼれたりして危険だなどで断られた。
できないと云われたら、したくなるのが性分なので洋鍋を買ってきてタマネギとブイヨンでコンソメスープ70人分(最終的にご主人の会社関係の人がプラスされた)を徹夜で作った。
◆ 通夜の当日、温かいスープをカップに注いだ。年輩のおじいさまがスープにフランスパンをつけて食べていた。そのおじいさまがスタッフにいった「温かくていいね。お代わりもらえるかな」。
きっと、奥様は天国でにっこりと微笑んだに違いない。