◆ 亡くなられた奥様は、まだ若かった。
二人の娘さんは、高校を卒業したばかりの専門学校生のお姉ちゃんと中学生の妹さんだ。
ご主人は、奥さんのガンを宣告され、悩んだあげく、最後のときを奥さんといっしょに過ごしたいと決意し、2年前に退職されていた。2年間、片時も離れず、奥さんの看病を続けられた。
子供たちの学費と生活費、そして療養費。きっと大変だったろう。しかし、ご家庭に暗さはない。娘さんたちは、明るく育っていた。
◆ 深夜、雨の中、病院からご自宅へ、冷たくなった奥様を移送した。枕飾りをセットし、線香をあげていただいた。お姉ちゃんが云った「お母さんに化粧してあげていい?」。「きれいに化粧してあげなさい」とご主人が笑顔で応えた。
◆ 落ち着いたところで、葬儀の打ち合わせをはじめた。ご主人がおもむろにノートを取りだした。
ご主人: このノートは、葬儀についての家内の遺言を書き留めたものなんです。なるべく、この遺言を尊重したいと思っているんです。
・ 葬儀は、家族と身内だけでお願いします。友人等には2週間後に知らせるようにと云われています。
・ それから、これは葬儀が終わったあとにご相談しますが、遺骨は散骨を望んでいますので、そのようにしたいと思います。
・ 儀式ですが、ちょっと悩んでいるんですが、実は家内は無宗教を望んでいるのですが、菩提寺がありまして私自身、代々の檀家なんです。いろいろ考えて、戒名は付けず、俗名で菩提寺から住職をお呼びして、お経をあげてもらうようにしたいんですが、どう思われますか?
A: 遺言は尊重されるべきでしょうが、しかし残された者にしわ寄せが行くことを奥様は望まれてはいないでしょうから、お坊さんに率直に相談されたらどですか。
◆ 通夜は、ご主人と二人の娘さんと、奥さんのご両親の5人だけの家族葬になった。式場は、ご自宅で行うことになった。通夜の準備のためにスタッフ数人で家財を移動した。女性スタッフは、隅々まで掃除をした。
看病に時間を取られていては、家の掃除などは二の次になるのは当たり前。きちんと整理されているだけでも大したものだ。
ちょっと狭いけど、柩の回りは鮮やかな花でいっぱいになった。娘さんたちは「きれい、きれい」と喜んでくれた。
◆ 通夜式には、菩提寺から住職が見えられた。驚いた。こんなこと書いたら失礼になるかも知れないけど、葬式にお坊さんがBMWの2シーターのロードスターで来ることはないでしょう。檀家は軽自動車にあまんじ、お布施を施しているのに、当の住職が外車の遊び車とは何事だ。
プライベートであれば外車であろうが、遊び車であろうが知ったことではない。しかし、悲しみに暮れる家族の前で、故人をその魂を迷うことなく成仏させるために全身全霊をかたむけて勤め上げるのが仕事でしょう。その大切な仕事に遊び車はないでしょう。
奥さんが、無宗教でと遺言したのは、このことを知っていたからかもしれない。
◆ 通夜式が終わり、住職が帰られたあと、普通ならお清めの食事だが、家族だけなのでとご主人がコンビニでおにぎりを買ってこられた。テーブルにそのまま載せられたので、スタッフが皿に盛りつけた。お茶はいれたが、物足りない。差し出がましいようだったが、ご主人に断って、あり合わせの材料でみそ汁を作ってさしあげた。娘さんたちが「おいしいよ」と云ってくれたのでホッとした。
◆ 翌日、住職とその日の段取りを打ち合わせた。火葬場には行かないといった。菩提寺があるのに遺骨をお墓に入れず、散骨するなんて初めてだといわれた。俗名だし、散骨なんだから、火葬場でのお経は必要ないだろうといわれた。う~、よくわからない。
個人的には葬式仏教は大切だと思うが、葬式仏教すら軽んじるようでは、檀家の中からも「無宗教で」と遺言する人が増えるだろう。
◆ 火葬場から戻り、別れ際に「何から何まで面倒を見てもらい、ありがとうございました」とご主人から深々と頭を下げられた。しかし、これは奥さんの遺言があればこそだと思った。