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● 亡くなられたのは、94歳のおばあちゃんだった。
● 病院から、ご自宅までお母様を運び、安置した。94歳には思えない肌つやをされていた。
● 葬儀は、公営斎場の小式場を利用することになった。葬儀までは、ご自宅に安置することになった。お子さん達は、お子さんといっても60歳代の方々だが、湯灌をご希望された。
● ご家族が全員集まられて湯灌をおこなった。10歳以上は若返ったのではないだろうか。とても94歳には思えない。「おばあちゃん、よかったね」と娘さん達が声をかける。「こんなに綺麗に化粧をしてもらったのは、はじめてじゃない?」ともう一人の娘さんがいう。おばあちゃんを囲んで穏やかな時間が過ぎる。
● 翌日は通夜。ご自宅から、棺に納められたおばあちゃんを斎場へと運ぶ。しかし、あいにく天候はあれて、強い風と土砂降りになった。しかも、玄関は狭くて、庭から出さなくてはいけない。庭の横の道路に霊柩車を止めた。庭と道路の間には1メートル50センチほどの壁がある。そこを乗り越えなくてはいけない。 大雨の中、足場も悪い。天候の晴れる兆しもない。スタッフはびしょ濡れになりながら、棺を落とさないように慎重に運び出す。霊柩車に納めたときはホッとした。
● 葬儀は無宗教で行われる。祭壇は綺麗な生花で飾られ、祭壇の前には、キャンドルが並べられた。斎場の設営が終わり、開式1時間半まえ位にご家族が式場へ来られた。棺の中に副葬品として入れて欲しいと古いレコードを持ってこられた。
● 古いレコードは歌手の尾崎紀世彦のナンバーだった。レコード本体は難しいがジャケットは大丈夫だと伝える。おばあちゃんの荷物を整理していたら尾崎紀世彦のレコードが大切に保管されていたようだ。尾崎紀世彦が好きだったようだ。特に「また逢う日まで 」が。
● 尾崎紀世彦の「また逢う日まで 」は、シングルで売上げ100万枚を突破した名曲だ。1971年に日本レコード大賞と日本歌謡大賞を受賞している。おばあちゃんが56歳ごろのヒット曲だ。 レコードのジャケットを棺の上に飾った。
● 急きょ、スタッフに「また逢う日まで 」のCDを買ってくるようにいった。レコードプレイヤーは持ち合わせていない。ただ、いまどき尾崎紀世彦のCDが有るかどうかわからない。 ● 開式10分前にスタッフが息を切らせてCDを買ってきた。すぐに歌詞をコピーする。
● 小式場ながら、30名近いご親族と知人が集まった。今日の葬儀の主旨を説明したあとに、「大正、昭和、平成の三つの時代を生き抜いてこられた故人様に色々な想い出をみなさんはいただいたことでしょう。故人がこの世から去ることは悲しいことですが、それ以上に恐らく感謝の気持ちでいっぱいなのではないでしょうか。今日は、そんな感謝の気持ちを故人に送る葬儀にされてはどうでしょう。これから、お配りします歌詞は故人様が大好きだった歌だと聞いています。いまから皆さんでこの歌を歌ってプレゼントしませんか。」と呼びかけ、「また逢う日まで 」を合唱することになった。
● 大正時代に生まれた人は、私たちが想像する以上に自由と西洋文明を謳歌していたようだ。演歌を親しんでいた人が多かっただろう年頃に「また逢う日まで 」を好みにしていたという。このおばあちゃん、女学生時代にバスケットボールを楽しんでいたようだ。しかし、親戚の人たちは初めて聞かされたようで、図らずもおばあちゃんの新しい一面を知ることになる。 ● 94歳、大往生だ。ご家族に迷惑をかけることもなく、最期まで自立した人生だったようだ。すばらしと言うほかない。ご参列者の皆さんもご遺族・ご兄弟の高齢者に孫の若者達、曾孫の幼子たち、暖かな空気が流れていた。
● 葬儀にはちょっと場違いな歌かもしれないが、親戚一同による合唱でおばあちゃんを送った。
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