平成6年、肺ガンだとわかるが、闘病の苦痛を周囲にかくしたまま「男はつらいよ」の第47作目を撮影。翌年、遺作となる第48作目の撮影にはいる。
岡山県津山と、震災後の神戸、奄美大島がロケ地となったが、そのころ渥美には、いつものように笑顔でファンに手を振るだけの気力もない状態だった。腹巻きに隠した抗ガン剤を撮影の合間に飲み、薬の包装は、ほかのスタッフに気づかれないよう、付き人に始末させた。
平成8年7月末、様態が急変、31日に手術をうけるが、すでにガンの移転はひろがり、手遅れだった。
8月4日死去。「おれのやせ細った死に顔を他人に見せるな。家族だけで荼毘に付してくれ」という遺言に従って、密葬された。
(カリスマたちの遺言/東京書房より抜粋) |
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