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家族葬とは
 
3. まず家族ありき
  
 ■ 持統天皇の薄葬思想
 
 日本に仏教が伝来し、天皇で最初に荼毘に付した持統天皇(在位690〜697年)は、薄葬思想をひろげました。持統天皇は、自分の葬儀にたいして「政務は常のごとくにして喪葬のことはつとめて倹約に従え」といっています。
 薄葬思想は、中国の儒教的な徳治主義のながれをくみ、葬送に多大な財や労力を費やさず、一般庶民に過重な負担をかけないようにする考えです。最初の薄葬令は、大化の改新の時代で646年に発令されています。それまでは天皇の葬式は国をあげての行事で、膨大なエネルギーをついやしていました。しかし、そのたびにかり出される民衆の生活は貧困をきわめていました。持統天皇はその窮状を憂い、薄葬令を具体化したのでした。
 
 ■ 淳和天皇の散骨
 
 その後、平安時代にも薄葬思想はつづき、淳和天皇(在位823〜833年)にいたっては、こまごまと葬送や追福の倹約を指示し、「骨を砕き粉と為し之を山中に散らせ」という衝撃的な遺言をのこしています。没840年には、遺言通りに、火葬後、遺骨は粉砕され、山の中に散骨されました。
 その後、嵯峨、仁明、文徳、清和天皇と薄葬が定着していきました。
 
 ■ 薄葬の時代に
 
 戦後の高度成長からバブル崩壊まで、私たち日本人は人生の価値を紙幣の量で判断してきました。葬儀もその例外ではありませんでした。
 そして現在、わたしたちは深刻なデフレ時代に突入しています。デフレーションとは、しぼむという意味です。残された遺族の負担を察すれば、持統天皇の母なる思いをひきつぎ、薄葬思想をひろめる時期にきているのではないでしょうか。
 
 ■ 宗教による死生観のちがい
 
 また、わたしたち家族葬をすすめる会は、このサイトを通して、マニュアル化された現代の葬式を批判してきました。
 しかし、マニュアル化された葬式を無分別に受け入れる背景には、宗教心や信仰心、あるいは死生観を正面からとらえてこなかった日本人の生き方の問題にぶつかります。
 このサイトの「死界」では、宗教による死後の世界観の違いを浮き彫りしてきました。
 釈迦仏教は、死後の霊の存在を認めていません。遺体にも未練はありませんから、お墓の必要もないはずです。
 儒教は、霊・肉(骨)二元論です。少なくとも骨がなければ、霊が戻るところがありません。お墓は必要でしょう。
 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教は同じ神様ですから、死後も復活説は同じです。霊と肉体の二元論ですから、最後の審判で復活するためには肉体が必要ですから、土葬で埋葬します。
 日本の民族宗教の神道は、死後は霊だけの一元論です。遺体は穢れの対象です。遺体よりも霊の方が重要です。靖国神社には、遺体は埋葬されていません。霊を鎮魂しているのです。
 
 ■ 水と油のミックス葬儀
 
 このように宗教によって、死後の世界観や死生観が違います。そのちがいは、埋葬方法にも葬儀礼儀にもでてくるはずです。しかし、現代の葬儀は、水と油をミックスしているような状態です。
 葬儀という人生の最終ステージのあり方を正面から考えることは、死について、家族について、人生について、宗教・信仰について、そしてこの日本のあり方について考えることです。
 葬儀のあり方、家族のあり方、これからの生き方についてじっくりと考えていく契機として、この家族葬を意識してもらえれば、幸いです。みなさんのご意見をご質問をお待ちしています。
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