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家族葬とは
 
1. 現代の葬儀を問いなおす
 
 ■ 「形式主義」と「故人の軽視」
 
 家族葬・海洋葬ネットの「家族葬」は現代の葬儀の反省から生まれました。現代の葬儀の問題点は、「形式主義」とそれによる「故人の軽視」です。
 おおくの葬式は仏式でおこなわれていますが、結婚式と正月は神道、葬式とお盆は仏教、クリスマスと愛の告白(バレンタイン)はキリスト教の日本人は、葬式ではにわか仏教徒として対応をせまられます。
 じつは、その葬式も仏教と儒教と神道などをミックスしたものですが、ともかく仏教徒に変身します。国会で大臣が官僚の書いた文章をそのまま棒読みすることを批判しますが、まさに葬式ではわたしたちは、「官僚」(葬儀社)の書いたシナリオどうりにふるまいます。しかも喪主や施主という主催者として。
 このような形式主義は、はたして故人をとむらい、しのぶことになるのでしょうか。
 
 ■ 故人より弔問客
 
 たとえば、お通夜はほんらい、文字通り、遺族や近親者が“夜を通して”遺体のそばにつどい、故人をしのぶ最後の夜です。しかし、それにもかかわらず、喪主や遺族がまるで弔問者(参列者)とあいさつをかわす場になってしまっているケースがあります。これでは、なんのためのお通夜かわかりません。
 ちかごろは、このお通夜ですら、「半通夜」といって弔問客のつごうにあわせて、“夜を通して”が1〜2時間になるなど、中身がない形式主義がご都合主義にかわり、故人への思いがますます形骸化されています。
 
 ■ 故人は頭をかかえている
 
 また、葬儀には仏教の考えとはかけ離れた儀式が、あれや、これやとミックスされています。俗習の一つに、柩(ひつぎ)を閉じるとき、石でクギを打ちつけることがあります。これは石の“魔力”で死者の“霊”を封じこめ、わざわいをふせごうというものです。
 また出棺のとき、柩をぐるりと回してからでるという風習も、“霊”が迷って、もどってこないようにするという趣旨です。
 しかし「帰ってくるな」とクギをさしながら、お盆になると灯明をたいて「迷わずにおかえりください」とむかえます。おそらく故人は頭をかかえていることでしょう。
 
 ■ 見栄や形式にふりまわされ
 
 このような事例は枚挙のいとまがありません。現代の葬式は、故人のことより、見栄えや形式にふりまわされ、いぞがしい葬式になってしまいました。
 わたしたちは、このような「故人の軽視」を深く反省しなければなりません。死にたいしてちゃんと向きあって、故人と故人をしのぶ心をたいせつにする葬儀を取りもどさなければなりません。そのような葬儀の一つとして“故人と家族”をたいせつにする「家族葬」を積極的にすすめようとかんがえています。
 
 ■ 最後の別れをたいせつに
 
 「ありがとう。あなたのことはけっして忘れません。」と家族から言われて、はじめて安らかな眠りにつけるのではないでしょうか。あるいはそう言われると信じているから安堵もできるし、そう心から言えるから、遺族は故人との最後の別れをすますことができるのではないでしょうか。
 そうであるのなら、故人と遺族の別れの時間と空間を大切にしてあげることがなによりも必要だとおもいます。
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